記事番号:T00131531
■決断の淵
「進捗、2週間の遅れ」その事実は密かに、だが確実に社内へ広がっていた。
長島総経理は頭を抱えていた。いつになく弱気が顔を出す。「納期は変えずに、作業計画を引き直すしかないか…」。
リスケジュール。口にするのは容易だが、それは現場の誰かに、さらなる無理を強いることを意味する。
「やりたくはないものだ」漏れた溜息は重く、デスクの隅に消えた。それでも、トップとして決断を先送りすることは許されない。
そこへ、静かなノックの音が響いた「李です。入ってもよろしいでしょうか?」
長島は意を決して、リスケジュール案を切り出そうとした。「2週間遅れの件だが、計画を……」。
「総経理、朗報です。その必要はなくなりました」李経理が言葉を遮るように、弾んだ声で告げた。
「今しがた、先方の…例のパソコン業者の人事課長から連絡がありました。彼を、こちらに3カ月間『出向』させる手続きをしたいと。再び、助っ人として参戦ですわ!」長島の顔に、パッと光が差したような笑みが浮かんだ。
■夜のファミレス
しかし、李の報告には続きがあった。「実は不穏な話も耳に入っています」長島の顔から笑みが消えた。
「プロジェクトメンバーの2人が、夜8時過ぎに退社した際、駅前のファミレスで目撃したそうです。連副総経理と購買部の課長たちが会合しているのを。1度ではなく、2度も」
「…仕事の話だろう」長島は努めて平静を装い、聞き流した。だが、胸の奥で小さなざわつきが生まれた。
■都会の孤独
業務改革という荒波の中にいる一方で、長島はもう1つの個人的な悩みに苦しんでいた。それは、身を切るような「孤独感」だった。
土曜日の今日、彼は自宅に籠もり、動画サイトで日本のドラマ『教場』を一気見していた。
台北での生活は、会社と自宅の往復に終始している。夕食は、前任の山本氏から教わった和食屋か、馴染みの牛丼屋。運動不足で体重は5キロ増えた。
健康を案じる妻からは「街を歩いてみたら」と勧められるが、台北の容赦ない暑さがそれを拒ませる。結局、涼しいMRT(地下鉄)に乗って、空調の効いたデパートを目的もなく彷徨うのが関の山だった。
誰とも仕事以外の接点がない。
「そう言えば…」ふと思いついて、長島はカバンから1枚のパンフレットを取り出した。
先日、営業に来た人物から手渡された「日本人駐在員向け研修」の案内だ。その時はプロジェクトのことで頭がいっぱいで、右から左へ聞き流していた。
パンフレットに記された説明を真剣に読んだ。この孤独を埋めるための「何か」が見つかるかもしれない。

オフィス業務にkintone
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宇都宮武則
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