記事番号:T00129449
■始動、そして「全部集めろ」
プロジェクトの初会合は緊張感の漂う総経理室で執り行われた。
パイプ椅子が6つ並べられ、白い壁には長島総経理自身が心血を注いで作成し、事前に翻訳を済ませた資料が大きく投影されている。通訳を介した長島の説明には、これまでにない熱がこもっていた。
長島「フェーズ1は『管理部の社内申請改革』。工期は半年です」
まずは現状の可視化、すなわち「業務フローの作成」から着手する。
その第一歩として管理部が関わるあらゆる申請書を洗い出すよう指示した。休暇申請、出張申請、押印申請、費用精算…。紙の申請書からエクセルファイルまで、この会社を流れる「紙の血流」をすべて一覧にするのだ。
「仕分けは後。来週の定例会までに、すべての種類を揃えてください!」李経理の鋭い号令が飛び、メンバーが弾かれたように動き出す。
長島は、日本語の通じる李とさえ丁寧に意思疎通を図っていれば、現場の指揮は彼女が完璧にこなしてくれるという確かな手応えを感じていた。
■ハンドソープの問いかけ
数日後、長島のデスクに会計課長が「購入申請書」を持ってきた。普段なら事務的に判を押すところだが、今はプロジェクトの真っ最中だ。「定型業務にさえ疑問を持て」とメンバーに説いている以上、自らが見本を見せなければならない。
長島「これ、お手洗いのハンドソープだよね?」
課長「はい、そうです」
長島「2つで198台湾元。…これ、本当に私が決裁する必要があるのかな?」
長島の問いに課長は戸惑った表情を見せたが「はい…これまでも、ずっと総経理のハンコをいただいていましたから」と淡々と言った。
課長を責めても始まらない。ハンコを押すと、李を呼び寄せ核心を突いた。
長島「そもそも、社内の決裁ルールを定めたものはないのですか?」
李「はて。見たことがありませんね。すぐに探させます」
■黄ばんだ書類
暫くするとスタッフがうやうやしく持ってきたのは、全体が黄ばんだA4サイズの冊子だった。
李「これでしょうか。私も初めて見ます。…だいぶ古いですわね」
李が差し出したその冊子は、紙全体が変色し、角に触れるだけでパラパラと崩れ落ちるほど脆くなっていた。
表紙の隅には『中里正一』と力強いサインがある。20年以上前、この拠点を立ち上げた初代董事長の名だ。
つまり、この会社の決裁ルールは「創業期のルール」のまま止まっていたのだ。
(もしかして…ルールそのものを根底から作り直さなければいけないのか?)
不運にも長島が抱いたその予想は的中するのであった。
宇都宮武則
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