記事番号:T00129078
■画面越しの小言と、一筋の光
長島総経理の台北での夜は静かに更けていく。家族を千葉県に残しての単身赴任。2日に一度、夜9時に設定された家族とのオンライン通話が、今の彼にとって唯一の心の拠り所だった。
「パパ、ちゃんと野菜も摂ってるの?」画面越しに飛んでくる妻の小言。テイクアウトの牛丼を口に運びながら長島は苦笑いする。東京勤務時代に職場結婚した妻は彼の良き理解者であり、時には鋭い助言をくれる存在でもあった。
長島は台湾拠点で直面している「言葉の壁」についてこぼした。通訳を入れて会話をするため時間が掛かったり、お互いに要点が伝わらないジレンマ…、機密に触れない範囲での話は彼にとってストレス解消だった。
そこへ「パパ、見て見て!」と小学5年生の息子が割って入ってきた。差し出されたのは、昨日行った社会科見学の感想文。テーマは「119を知る」。消防本部の通信指令室の見学内容が、数ページにわたるイラスト付きで描かれていた。
息子「119に電話すると通信指令室につながるんだ。そして指令室から連絡をもらった救急車が現場に行くんだよ。救急車は患者を病院に運んだら指令室に『終わりました』って報告して戻るんだ」。
息子の描く、どこか愛らしい救急車の絵。そこには、第一報から病院への搬送、そして帰還までのプロセスが子供の目線で淀みなく一本の線として描かれていた。「……これだ」長島総経理は思わず呟いた。
「パパ、どう?」と鼻高々な息子に、最大の賛辞を送った「すごいよ。救急活動の全体の流れがすごくよくわかる」。
息子が寝室へ向かった後、長島は興奮を抑えきれずに妻に問いかけた。「…なあ、こういう、一連の流れを絵にした図のこと、なんて言うんだっけ?」
妻「え? 業務フローのこと?」「それだ、それだよ!」自分が陥っていた罠に気づいた。各課長から聞き取りをしてもバラバラな情報が集まるだけ。必要なのは受注から請求に至るまでの業務フローを描き出すことだったのだ。
妻は付け加えた「管理部でシステムを入れた時も業務フローを書き出すことから始めたわよ。部所を跨いで書くと、どこで仕事が滞っているか、どこに無駄があるかが一目でわかるようになるの」。
オンラインを終えた長島の脳内はすでに熱を帯びていた。すぐにパソコンを開き業務フローの作成手法を検索した。
■琥珀色の思考
気付けば深夜1時を回った。ベッドに入っても全く眠気が訪れない。
「仕方ないな」と健康を気遣う妻に止められていたはずの寝酒に手が出てしまった。グラスに注がれたのは台湾が世界に誇る「カバラン(KAVALAN)ウイスキー」。力強く、かつ繊細な琥珀色の液体を口に含み、暗闇の中で独りごちた。
「まずは、あのバラバラな情報を一本のフローに繋ぎ合わせる」ウイスキーの芳醇な香りが、決意をさらに深く確かなものに変えていった。
宇都宮武則
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