コラム

記事番号:T00064819
2016年6月21日16:12

 今年1月の立法委員選挙では、ヒマワリ学生運動を契機に誕生した若者中心の新興政党「時代力量」の躍進が大きなニュースになりました。小選挙区で3議席、比例代表2議席の計5議席を獲得し、立法院で堂々の第3位の勢力となり、今後どれだけ存在感を発揮できるのか注目されます。今回はこのうち、英国放送協会(BBC)に「議会に入った世界初のヘビィメタル・ミュージシャン」と紹介された林昶佐氏(フレディ・リム、40)についてお伝えします。

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迫力あるライブで観客を熱狂させる林昶佐氏(CHTHONIC 閃霊フェイスブックより)

15歳でロックスター夢見る

 林氏は15歳の時、「夢はロックバンドを組んで、ワールドツアーを行うこと」と作文に書きましたが、先生から「現実性がない」とのコメントが返ってきました。「もしタイムマシンがあれば、15歳の自分に『大丈夫!きっとかなうから!』と伝えたい」と話しています。

 大学生だった1995年、台北で高校や大学の友人とブラックメタル・バンド、閃霊楽団(ChthoniC、ソニック)を結成し、ボーカル担当となりました。英語名の「ChthoniC」はギリシア神話の冥界の神々「クトニオス」を意味します。98年にファーストアルバムをリリースしメジャーデビュー。00年に日本のフジ・ロック・フェスティバルに招待され、東南アジアでもツアーを開催しました。02年には英語アルバムをリリースし、アジアから世界へと活動の幅を広げました。

台湾意識を楽曲で伝える

 林氏は、なぜ政治家を目指したのでしょうか?その起点は、台湾の教育の在り方でした。台湾の学校は授業で、中国2000年の歴史、中国の省県市などの地理、経済状況、中国の文学ばかり教えてきました。林氏は台湾で生まれ育ったのに、なぜこうも中国のことを勉強しなければならないのか、理解できませんでした。こうした思いから閃霊楽団は台湾の歴史や伝説を楽曲のモチーフにして、霧社事件や228事件、高砂義勇兵を取り上げました。初期や中期には、コープスペイントをして、二胡や台湾の民族楽器などを使い、「オリエンタル・メタル」ともいわれる独特の世界観を形成しています。政治への関心は高く、ライブ中に国民党の旗を燃やす大胆なパフォーマンスを行うこともありました。チベット問題やウイグル問題では、中国当局を痛烈に批判しています。

政治活動に参入

 音楽で台湾意識を訴える活動を通じて、問題の原点は台湾の一般市民ではなく、政府が台湾意識を持たないことだと考えるようになりました。そして、台湾独立を主張する政治家として立法院に入ることこそが改革推進の道だと思い至り、行動を開始しました。

 04年、林氏は李登輝元総統が主催した「第1回 李登輝学校台湾研修団」に参加しました。その後、陳水扁元総統、馬英九前総統などと接触したり、チベットのダライ・ラマやウイグル人の人権活動家ラビア・カーディルとの対談も行いました。10年、アムネスティ・インターナショナル台湾(国際人権救援機構台湾支部)の支部長に就任し、死刑廃止、人権擁護、難民救済、良心の囚人を支援・救済する活動に携わるようになりました。11年3月の東日本大震災では慈善バザーを開き、日本に100万台湾元以上の寄付を行いました。

 林氏は「時代力量」の創設メンバーとなり、立法委員選挙では台北市中正区・万華区選挙区から立候補します。選挙期間中、当選したら次のライブはいつになるのか分からなくなってしまうため、ファンたちが活動休止前の最後のライブを開催してほしいと閃霊楽団に呼び掛けました。林氏はこれに応え、投票日の3週間前に中正紀念堂前の広場で無料ライブを実施し、2万人以上のファンを集めて恒例の「撒冥紙」(冥銭を空に投げること)のパフォーマンスで会場を盛り上げました。そして若者パワーの支持で、見事国民党のベテラン議員を破って当選を果たしたのです。

 これによって林氏はしばらくの間、音楽活動を休止せざるを得なくなりましたが、作曲活動は引き続き行うと宣言しています。音楽を通じて自身の政治理念を伝えてきましたが、今後は政治家としてその理念をどう実現していくのか注目です。

段婉婷

段婉婷

コンサルタント

中国文化大学日本語学科卒業。2009年・日本へ一年間の交換留学。2010年にワイズコンサルティンググループに入社。ISMSプロジェクトの経験を経て、現在はリサーチ部門に所属。