コラム

記事番号:T00050414
2014年5月20日15:42

 われわれ経営者・経営幹部は現代のビジネス戦国時代を生きる武将…

 生死を掛けた、いにしえの武将たちからわれわれは何を学ぶのか?

第肆話 徳川家康編


(徳川家康)

 父は「徳川家康(以下:家康)を目指しなさい」という意味で私の名前を「康志」と名付けたそうです。(おやじ〜、なんて重い名前をつけてくれたんだ〜>_<)

 おやじの期待に応えようと、子供のころから家康には興味を持っていました。

 …が、知れば知るほど、信長や秀吉のような派手さはなく、地味〜な人だということが分かってきました。

 また果敢な戦は少なく、回りからは「逃げ上手の家康」と呼ばれていたほどです。(家康から何を学べばいいんだ〜T_T)

●臆病が恥ずかしいのではなく、臆病をさらけ出さないから恥ずかしいのだ。

 右の家康の肖像画は三方ケ原で武田軍に大敗を期して戻って来た家康を戒めを込めて描かせたものと言われています。

 家康は生涯忘れないようにとこの絵をそばに飾っていたとも伝えられ、それ以降は臆病をさらけ出すようになったそうです。

 本当に臆病な人が臆病であるのは当たり前ですが、一軍の将(リーダー)が臆病であっては軍(組織)の統制はとれません。

 意地でも強がるのがリーダーなのでしょうが、それを越えた次元に家康の言葉があるのだと思います。

●世に恐しいのは、勇者ではなく、臆病者だ。

 思勇者はその勇気により一時的に大きく発展することがあっても、大胆なので隙が多く、いつか足下をすくわれる。

 それに対して臆病者は時間を掛けて慎重に周りをうかがいながらチャンスを狙っているので、動き始めると防ぐ隙がないということでしょうか?

 臆病者が恐ろしいということは、実は私もよ〜く分かっています。

 なぜなら、私こそ、その臆病者ですから…(;^_^A

●愚かなことを言う者があっても、しまいまで聴いてやらねばならない。でなければ、聴くに値することを言う者が遠慮するからだ。

 私にとって耳の痛い言葉です。

 自分では分かっているのですが、会議であまりにもひどい意見が出るとついつい熱く指導してしまうのです。(;^_^A

 愚かな意見がたくさん出る会議と、少ないが貴重な意見が出る会議では、私は後者の方が良い会議だと思っています。(家康によると、そこが間違いらしいですが…)

 いつか愚かな意見も笑って聞き流せる器になりたいものです。

●水はよく船を浮かべまたこれを覆す。

 三方ケ原の戦いで部下の制止を聞かず出馬し、武田軍に大敗を期した後に語った言葉だと言われています。

 意味は「水は部下、船は家康を表し、船(家康)が浮かぶのも、ひっくり返るのも水(部下)次第」ということです。

 家康は三方ケ原の戦い以降は合議の時も意見を言わず、部下の合議を聞いていたそうです。

 私もいつか器の大きな老板(ラオパン=経営者)になりますので、社員の皆さん、それまで見捨てずに支えて下さい。<(_ _)>

●不自由を、常と思えば、不足なし。望み起これば、困窮を思い出すべし。

 起業したてで貧乏だったころ、駐在員時代の生活が忘れられず後悔していました。

 しかし「これが常態なのだ」と思うことができてからは、貧しい生活もそれなりに楽しめるようになり、それから会社の成長も始まりました。

 困窮していたころを思い出すことで「あのころには戻りたくない」「せっかく努力してここまで来たのだから…」とハングリー精神を保つ動機付けになります。

 家康は忍耐で成功をつかみ取った武将ですが、最後に以下の言葉で締めくくります。

「滅びる原因は、自らの内にある」 

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吉本康志

吉本康志

Executive Consultant

日本の大手コンサルティングファームの駐在員として台湾駐在、1996年11月にワイズコンサルティングを設立。経営者としてコンサルタントとして男としてもまだまだ成長中。