コラム

記事番号:T00048783
2014年2月24日16:03

●前回までのあらすじ

 同い年で営業の天才国吉氏と営業の愚才吉本は20年ぶりに再会した。前職では営業の師弟関係だったが、17年前にお互いコンサルティングファームを起業していた…

●東京の高級ホテルで…

吉本:まず、わが社の業務案内からさせて下さい。

国吉:HPはよく出来ているね。大体の業務内容は分かったよ。

吉本:では、HPに掲載していない部分のみ紹介させていただきます。

国吉:分かった。

吉本:わが社の特徴は「コンサルティング」「リサーチ」「メディア」のコラボレーションです。

国吉:HPにそう書いてあったね。

吉本:全ての分野で台湾ではナンバーワンですのでイメージとしては「日経新聞」と「マッキンゼー」と「矢野総研」が1つになっている感じです。

国吉:う〜ん、そのビジネスモデルはすごいな!

吉本:そうなのです、すごいのです(笑)

国吉:リサーチはどのレベルでできるの?

吉本:はい、例えばこんな感じです(過去のリサーチレポートを見せる)

国吉:ほう、レベル高いね。こんなリサーチができるのならもうかるだろ?

吉本:市場規模が小さいのでイメージされているほどは…(;^_^A

国吉:俺はめったに人を褒めないけど、俺のできないことを海外でやっている吉本、お前、すごいよ!

吉本:ありがとうございます。

●愚才の起業

 起業当時の私は30才だったので、以前働いていたコンサルティングファーム(以下ファーム)のビジネスモデルでは今後30年は続かないと思っていた。

 そこで最低30年は発展が続くビジネスモデルを新たに構築する必要があった。

 以前のファームのビジネスモデルを全て捨て、どのようなサービスを提供すれば在台日系企業経営者の皆さまに喜ばれるかを、日々考えながらビジネスを構築してきた。

 自分の努力は当然として、社員および家族の協力、クライアント企業の皆さまのご支持が現在の成長を支えていると思っている。

 起業当初は真っ白なキャンパスに新たに絵を描くようなもので、何をしたらよいのか、どの方向で努力すればよいのかさえ分からない状態だった。

●経営の師匠との出合い

 起業当初はファームの駐在員という高収入を捨て、毎日30元の食事さえもケチらなければならない日々が続いていた。

 しかし、ここで以前のファームのやり方に戻してしまうと、起業した意味がなくなってしまう

 「年間で普通の人の3倍働き、それを10年間続ける」ことを自分に課し、努力を続けていた。

 起業3年後、方向性が定まらない状態で試行錯誤しているとき、台湾で起業し大成功をしている日本人経営者から案件を頂き、お付き合いが始まった。

 以前働いていたファームで数年来学んできたことを突き詰めると、「社員を一生懸命働かせるのが経営者の仕事」だった。

 しかし、この会社は社員たちは仕事はそこそこやっているが、一生懸命あるいは必死にやっている感は無い。

 休日も他社より多く、残業もほとんどしていないのに会社はどんどん成長していた。

 ちょうど同じころ、後を継いだオンボロ工場を上場させ、しかも日本で指折りの高収益企業に一代で成し遂げた社長にもお会いした。

 この会社はさらにのんびりとした会社だったが、急成長が数十年間も続いていた。

 この2社の経営者のお話を聞けば聞くほど、「経営って何なのか?」が分からなくなっていた。

 そんな自己問答をしていて見つけた答えは「経営者が素晴らしい戦略やビジネスモデルを与えられれば、社員たちは苦労しなくても会社は成長する」という法則だった。

 この法則を見つけ出したときから、自分がやらなくてはならないコンサルティングの方向性が明確になった。

 つまり社員の努力のみに頼った経営をするのではなく、経営者が経営力の高い経営を行うサポートをすればいいのだと…

●再び東京の高級ホテルで…

国吉:なるほど〜、苦労したんだな。

吉本:私は国吉さんのように営業力がありませんので、その分「仕組み」で稼げる方法を創造しなくてはならなかったのですよ。

国吉:俺も最近気付いたんだけど、俺って営業の天才みたいだから…

吉本:何をおっしゃいますか、20年前から皆知っていましたよ(笑)。でもおかげで以前のファームのように、ノルマを追っかけるビジネスモデルではなく、お客さまからご依頼が来るビジネスモデルができあがりました。

国吉:お前、すごいよ!

吉本:それはさっき聞きました(笑)国吉さんの起業体験を教えて下さいよ。

国吉:俺か…(続く) 

吉本康志

吉本康志

Executive Consultant

日本の大手コンサルティングファームの駐在員として台湾駐在、1996年11月にワイズコンサルティングを設立。経営者としてコンサルタントとして男としてもまだまだ成長中。