コラム

記事番号:T00009873
2008年8月29日0:00
 
 患者に眼鏡をあつらえていたある眼科医が、自分の眼鏡を掛けさせて言いました。

「わたしの経験を信じなさい」

眼科医:この眼鏡はわたしがもう何年も掛けているんだ(経験は豊富)。どんな大きさの字でもはっきり見える(実績良好)。掛けてごらん(この実績をそのまま君に伝えよう)。

患者:そんなのありですか?

眼科医:いい眼鏡なんだ。君の症状も必ず改善されるだろう(わが社の企業文化の下、戦略・制度は非常に良好に運営されてきた)。

患者:本当にありですか?

眼科医:わたしを信じたまえ。10年以上も掛けていたんだぞ(経営管理は完全に自分の経験頼り。科学的分析は無視)。家に帰って試してみればいいんだ(とにかくやってみろ!)。

患者:(掛けてみて)しかし、物が曲がって見えます。歩くのも大変です。

眼科医:リラックスすれば大丈夫だ。診察はこれで終わりだ。

 この眼科医のように、他人に自分の経験や考えを押し付けてしまったり、患者のように他人の成功体験をあまり考えもせずにそのまま受け入れて、失敗することはよくあることです。

 いわゆる「経験法則」は、「問題解決に払う努力を省略する目的で用いる戦略・プロセス、または経験律」です。簡単に言えば、経験法則とは取り組みや意思決定において、自身または他者の過去の成功・失敗経験を利用することです。

 企業にとって経験の蓄積はノウハウとなり、競争力向上に役立ちます。時代の違いや視点、分析能力などによって、同じ出来事からも得られる経験や心得は大きく異なったりします。実行に移せなかった経験法則が、環境の変化で可能になることはありますし、その逆のケースも存在します。

本質の深い検証を

 また、ある経験法則が、活用されないがゆえに省みられなくなることもあるでしょう。経験法則を用いるに当たっては、その本質を深く検証し、時期的に適用可能かどうかを考える必要があります。多くの声に耳を傾けて、経験に固執してそのことが企業革新の足かせになってはなりません。

 カゴに入れたネズミを使った実験で、取っ手のところにぶつかるとエサが落ちて来て食べられる、という体験をネズミに1~2回与えました。その後は、エサを用意することをやめましたが、ネズミは腹が減るたびに取っ手にぶつかり続けました。ネズミは体験を学習するだけの知能はありますが、それを修正できる能力はありません。ここが人間との違いです。
 
 「わたしが渡ってきた橋は、君が歩いてきた道よりも多い」「わたしが食べてきた塩は、君が食べてきたご飯よりも多い」などと自分の豊富な経験を強調し、そのモデルで決定を行おうとするとき、前述の眼科医の失敗を思い出してみるのも悪くないでしょう。


ワイズコンサルティング 荘建中