コラム

記事番号:T00002304
2007年8月27日0:00
 
 趨勢科技(トレンドマイクロ)の張明正(スティーブ・チャン)董事長は、台湾で高校を4年かかって卒業、大学も2度受験、起業も3度目にようやく成功した。決してトントン拍子ではなかった人生だが、米誌ビジネスウイークから2度にわたって「アジアの星」に選ばれている。

 コンピューターのウイルス対策の「トレンドマイクロ」ブランドは知名度が高く、中華民国対外貿易発展協会(TAITRA)が選ぶ「台湾企業の国際ブランド」で、2003年から06年までの4年連続1位を獲得した(07年は初めて2位)。そんな著名ブランドも88年に米カリフォルニア州でスタートした時は小さく粗末なオフィスで、同社を訪れた顧客はトイレに行くのにも、毎回徒歩10分以上離れたマクドナルドに歩いて行かなければならなかったほどだ。

 同社の成功の契機は、95年に米マイクロソフトのOS「ウインドウズ95」に、「PC-cillin」内蔵ソフトとして採用されたことだ。まだコンピュータウイルスが数えるほどしかなかった時代の先行メリットもあって、その後の発展はめざましく、99年3月、ウイルス「メリッサ」が米大企業のメールサーバを攻撃した際、CNNやNCBCで報道される3時間前にすでに臨戦態勢を整え、インターネットを通じて感染する「メリッサ」を、唯一解決できた企業として名声は一気に高まった。当時、米連邦捜査局(FBI)は、「メリッサはトレンドマイクロが作ったのではないか」と一時疑いを持ったほどだった。評価と業績の向上により、同社は台湾ソフトメーカーとしては初の東証1部上場、米ナスダック市場公開を果たすことができた。

FAME戦略 
  
 同社の成長を支えたのは、92年に制定した「FAME(名声)」という戦略方針だ。それぞれ「Focus(集中)」「Alliance(提携)」「Major Account(大手顧客)」「Expert(専門家)」の頭文字を取ったもので、覚えやすい。

このうち「Alliance」は、必要なパートナーを骨身を惜しまず探すというものだ。トレンドマイクロがまだ小企業だった時、張氏は面識のないインテルの副総裁に何としても会おうとしたが、毎回受け付けで断られていた。今回で最後という時、張氏は副総裁のオフィスの入り口で5時間待ち、ついに製品のデモンストレーションを行うことができた。これによってインテルとの戦略的提携が実現し、7年間も続いた。インテルの製品に「Copyrighted by Trend Micro」という表記を入れることは徹底し、これによって多くの欧米企業がウイルス対策ソフト会社のトレンドマイクロの名前を知るようになっていった。

 張氏はこれまで、「技術の売却」「技術使用権販売」「パッケージ製品販売」「企業ユーザーの売却」という4つのビジネスモデルで、それぞれ通信業者との提携でインターネット上のウイルス防止システムを売ってきたが、現在、「インターネット上の医者」である「eドクター」という新たなビジネスモデルに足を踏み入れている。張氏の構想と先見性で成長してきた同社が、今後激化する競争の中でいかにリードを保っていくかが注目される。

ワイズコンサルティング 荘建中